カテゴリ: 人々
投稿者: koma2
ホノカアで出会った日本人旅行者
ハワイ島の北部のホノカアと言う町で、定年後のご夫婦と一人の女性に出会いました。彼らは仙台市に住んでいるそうで、初めてのハワイ島旅行をヒロからホノカアに来て、コナ空港から帰るとの事。全くの個人旅行でレンタカーも使わずバスを乗り継いでヒロから来て、ホノカアの古い宿に泊まって、バスでコナ空港に行くとの事でした。
カメイさんが積極的に話しかけ、会話が弾みました。
その後、家に戻ってきましたが、夜遅くカメイさんから電話があり、昼間あった旅行者を空港までバスで行くのは大変なのでカメイさんの車で送ってあげたいと私に協力を求めてきました。結局、宿の電話番号が分からず諦めましたが、カメイさん(2世)の日本人の持っている親切心を感じました。
カテゴリ: 人々
投稿者: koma2
ハワイ島の日系人・日本人との変わらぬお付合い
14年目の付き合いともなりますと、すっかりお互いの気心も分かり合えるようになり、滞在中は何かにつけて精神的支えになってくれます。先日の夕食会での出来事でした。
シラキさん(2世)の孫が昨年9月からアメリカ本土の大学に通うことになりました。大学のある町には日系人は全く住んでいなく、寒さが厳しいのでホームシックにかかっています。シラキおばあちゃんが声を大にして、今一番必要なことは「辛抱」、「忍耐」、「我慢」だとその孫に諭しているのを見て、今の日本人が忘れかけている大切な日本語をハワイで聞き感動しました。
カテゴリ: 人々
投稿者: koma2
ヒロのユニークなオールド大学生
この度、カメイさんのコンドミニアムに泊まっていたユニークなオールド大学生を紹介します。
彼は東京の大手保険会社を早期退職して、1年間英語学校へ通い、その後ハワイ大学ヒロ校の入学試験を受け合格、3年目になるそうです。
教科書も大変難しそうな科目を勉強していました。あと1〜2年で卒業し、その後はミクロネシアの方にボランティアとして日本語を教えに行きたいそうです。
世の中にこのような崇高な考えを持つ人もいるのかと感心しました。
今後の成功を心から応援しています。
14回目のハワイ島ロング・ステイ
今年もどうにかハワイ島に戻ってくることが出来ました。
私たちは只今14年目(14回)目のロング・ステイをエンジョイしています。
最初の2週間はハワイ島で初めての経験でしたが、曇天と寒さで気分が落ち込んでいましたが。しかし3週目からはブルー・スカイが見えるようになり、一気に日焼けも進みました。
目の前にいつも眺めているマウナ・ケア山、マウナ・ロア山の山頂には沢山の雪が積もっています。これも珍しい光景です。
ところで私の趣味であるハワイ島の朝焼けサンセットの撮影も天候が回復して本核的に活動が出来るようになりました。
早朝から夕方遅くまで、のんびりと寝る時間がなくなるのがいつものハワイ島での滞在です。毎年数多くの写真を撮りますが、まだ満足の写真は撮れていません。

2月10日日曜日: カメイ・ファミリー

カテゴリ: 人々
投稿者: koma2
カメイ・ファミリー
今まで時々説明に出ていましたがご両親は熊本からの移民です。子供は7人と大勢に恵まれ一番下が一人男の子でした。その内三人の女性がキャプテンクックに住んでおり、一人がシラキクリーニングとして両親の商売を受け継いで、今尚堅実な商売で繁盛しています。後の女性はホノルル、そしてアメリカ本土に住んでいます。
末っ子の男のカメイさんは高校を出てカリフオルニアの大学を出て長年ボーイング社でスペースシャトルの開発に携わってきました。自宅はロサンジェルスにありますが、滞在中は私達の世話の為にハワイ島に来てくれています。
6女のクニトモ家は有機栽培でコーヒー園を経営しております。ここのコーヒーを一年分まとめて買って帰ります。またこの農園で採れるバナナが美味しく楽しみの一つです。
今では皆さん落ち着いた生活をなさっていますが戦前から戦後の苦労話を聞くと今でも私達の心が痛みます。

2月 3日日曜日: 私達のハワイ島のお友達

カテゴリ: 人々
投稿者: koma2
私達のハワイ島のお友達
ロングステイをより一層楽しむためには現地の日本人、日系人とのお付き合いにかかっているかと思います。
特に日系人の方々は二世、三世の方で皆さん戦前・戦後日本人以上に苦労をされ、人間性豊かで、勤勉、真面目な方ばかりです。
私達がこれまで13年間ハワイ島でロングステイしてきた中で、出会い、お付き合いをしている方々の中から4組のファミリーを次回から紹介しまいきます。
カテゴリ: 乗り物
投稿者: koma2
レンタカーの運転は慎重に
毎年行く度に日本人ドライバーの事故を耳にします。大変痛ましく悲しいものです。
空港からコンドミニアムのあるワイコロアまで道路の両側に事故死した人のモニュメントが毎年増えていっています。このモニュメントを見る度に気持ちが引き締まります。
運転で一番の違いは右側走行です。ハワイ島の場合は二車線で狭く長い直線道路があること、天文台があるため夜間の屋外照明特に道路上に全く有りません。
私の場合は当初は家内に助手席に乗ってもらい、うるさくなるぐらい頻繁に(右側走行)だと大きな声で言ってもらいました。それでも時々左側を走ることがありました。反対からの車が無かったからいいもので今思うとゾッとします。
今でも固く守っていることはスピードは制限以内、追い越しはしない、夜間運転はしない。
レンタカーは新車同様のものばかりで先ずは心配はないかと思います。しかし保険だけは出来るだけ多く加入するよにしています。走行前に借りた場所でチェックは必ず実行しています。
ロングステイを安全に楽しむ為に
私達は早いものでハワイ島でのロングステイも今年で14回目になります。
外国に滞在しての心配事はいろいろあります。
病気の事、事故に遭ったらどうしたらいいのか? 新鮮で安い食材は何処で購入したらいいのか? 外食する場合どこのレストランがいいのか? 日本食のレストランはあるのか? 観光するためのコース? などが考えられます、
私達の場合はコンドミニアムのフロントに日本人担当者が常駐していますので大変助かりました。何かにつけて親切に相談にのってくれました。外国でこのような相談にのってくれる人が一人でも居ると心強いものです。地元には親切な日本人、日系人が沢山いますので出来るだけ早くさがしてください。

1月 3日木曜日: ハワイ島のお寺

カテゴリ: 歴史
投稿者: koma2
ハワイ島のお寺
各地のお寺では毎日曜日には法話があり、二世三世の多くの信者がお参りしています。今の日本では殆んど見られなくなった光景です。
私も毎年お寺で開催される豆まきの日に必ず参加して現地の方々と交流を深めています。当日はお坊さんの説教が一時間ぐらいあります、。その後ローマ字で書かれた仏教の経文を大きな声を出して全員で唱えます。
大きな感動を覚えます。

12月23日日曜日: 日本人移民の歴史

カテゴリ: 歴史
投稿者: koma2
日本人移民の歴史
今回は少しハワイへの日本人移民の歴史について触れさせていただきます。
日本人がハワイに移住したのが1885年、今からで約122年前でした。最初900人、その後10何万人の日本人が永住することとなりました。当初の移民はサトウキビ・プランテーションでの労働力、そして出稼ぎという気持ちが強かったようです。
当時のハワイはサトウキビから砂糖を作るために各地にサトウキビ畑と工場がありました。日本人移民は安い賃金で大変厳しいサトウキビの刈り取りに従事していました。今もハワイ島には当時の面影を残している錆だらけになった工場、サトウキビが今も生い茂っています。またそんなプランテーション時代の古い町々では日本人移民が利用していた商店なども見かけることができます。
当然病に斃れて死んでいく人も多かったようです。死者を弔うために日本からお坊さんも来るようになりました。その後だんだんハワイ島の各地にお寺が建つようになりました。その近くに必ず日本人墓地もあります。そしてそこに建つ墓石の住所は日本の出身地が刻まれています。私と同県人の広島県出身者も多く見られます。墓地によっては無縁仏になった墓石も多く見られます。行く度に必ずお参りするお墓がありますが、ころがっている墓石を見ると悲しくなります。